昨年度授業を担当していた生徒と廊下ですれ違った際、その生徒は「先生! 数 II が全然わかりません!」と訴えてきました。数学をどうでもいいと思っていればこんな言葉は出てこないでしょう。少なくともその生徒は、数学を理解したいと願っているわけです。私は「大丈夫。何とかなるよ。君ならきっと分かるようになるはずだ」と励ましました。しかし、同じような声を上げる生徒が何人もいることに気づき、この言葉だけでは不十分だと感じました。
先日、ある大学でアメリカンフットボールを指導されている H 氏(アメリカンフットボールの殿堂入りされています)とお話しする機会がありました。米国で指導法を学び、現在は中学生チームを指導しておられる方です。そのとき、次のように語られたことを思い出しました。
「試合中にピンチに陥った選手に向かって『何とかしろ!』と言うのは最悪です。どうすればいいか分からないからこそピンチになっているのに、具体策を示さずにプレッシャーだけ与えても、選手の頭は真っ白なままです。監督やコーチは、選手がすぐ理解できる形で具体的な解決策を提示しなければなりません。」
数学を理解したいのに授業についていけない生徒は、試合で勝ちたいのに打開策が分からない選手と同じです。数学教員は、具体的に何をすればよいのかを示す必要があります。
残念ながら、日本の高校数学の教科書は、数学が苦手な生徒にも読めるようには作られていません。そもそも教科書の記述が理解できないから授業についていけないのです。自力で解決できずに「分かりません!」と訴えている生徒に「何とかしろ」と返すのは、ピンチで「何とかしろ」と叫ぶだけのコーチと同じです。
「数学ができる」ことと「数学を教えられる」ことは似て非なるものです。教師自身の理解のアプローチが、生徒に適さない場合があります。教師が「この説明で分かるはず」と思っていても、生徒が理解できないことは珍しくありません。
生徒が理解できるようにするためには、何をどの順番で提示するか、認知発達の観点からどのようなスキーマを構築させるかという視点が欠かせません。また、教室内でどのような学習集団を形成し、教師と生徒、生徒同士がどのように関わるかを設計することも重要です。
さて、「数学が分からない」と訴える生徒に対して私に何ができるか。去年の担当生徒は、今年度の私の担当ではないので、クラスをコントロールすることは私にはできません。なので、授業動画の作成の順番を急遽変えて、数IIの範囲をつくることにしたのです。「数学II 図形と方程式」のシリーズが突然始まったのはそのような事情によるものです。
