「主務教諭」と「給特法」改正の関係を整理しよう

文科省は教員に残業代の代わりに基本給4%相当を支給する「教職調整額」を段階的に引き上げる教員給与特別措置法(給特法)改正案を今国会に提出した。この改正は、教員の長時間労働に対する批判の高まりをかわすために出された。しかし、これはあくまで待遇改善の一環であり、根本的な問題である「定額働かせ放題」という構造の打破にはつながらない。

「4%」が意味するもの

教員は特別な仕事であるため、時間管理にはなじまない――この理由で、法律上の残業代ではなく「ざっくり4%」という一律支給の提案。しかし、それは裏を返せば、「残業はそれ以上に増えている」と認めているようなものだ。こうした対応では、ますます教員を志す人が減っていくことは明らかである。

私立学校では進んでいる残業代対応

私立学校の場合、教員は公務員ではないため、残業代が発生する。実際、近隣の学校でも労働基準監督署が立ち入り、是正勧告を受けた事例を聞いている。ここ数年、多くの私立学校では勤務管理システムを導入し、残業代を支払うようになってきた。私立でできていることが、公立でできないはずはない。

学校にマネージャーがいないという構造的欠陥

ただし、私立学校にも問題はある。それは「働き方を見守る管理職=マネージャー」がいないという点だ。学年主任や部長は存在するが、いずれも授業を持つプレイングマネージャーであり、自身の業務をこなしながら全体の働き方まで管理するのは難しい。たとえば、野球でいえば「4番でピッチャーを務めながら監督も兼ねる」ような状態だ。選手の育成や健康管理まで手が回るはずがない。実際、働き方に応じて残業代が公平に支払われているのか把握できる人はほとんどいない。その人件管理に必要なコストの視点が抜け落ちている。

また、教員の健康管理を養護教諭に任せている現状も不自然である。生徒の健康管理と教員の健康管理では根拠となる法律が異なる。企業であれば人事部が担うような役割を、学校では誰も担っていない。

「残業代支給」にはマネージャーの配置が必須

だからこそ、単に「給特法を改正」するのではなく、「残業代を支給」するのであれば、それを支えるマネージャーの配置が不可欠だ。民間企業と同様、授業を持たず、業務管理・労務管理を専門に担う職員を一定数配置するべきである。

海外の教育現場との違い

日本では教員が何でも抱え込むが、海外では役割分担が進んでいる。たとえば、カレッジカウンセラーは授業を持たず、進路指導・大学との連携・推薦状作成などに特化した専門職として複数配置されている。日本のように、授業を持ちつつ進路指導を兼任する教員はほとんどいない。また、クラブ活動においても、海外では顧問ではなく専属のコーチがつくことが多い。顧問制は、日本社会の特殊な構造の中で生まれた独自文化であり、そろそろ見直すべき時期にきている。現在の教員像は、高度経済成長前の「追いつけ追い越せ」時代から変わっていない。私たちは、ここから脱却する必要がある。

「主務教諭」は増員とセットでなければ意味がない

私は、「主務教諭」という職種を導入すべきだと考えている。ただし、それは現在の教員数に上乗せする形での導入でなければならない。すでに存在していた業務――若手教員のサポートや関係者との連携調整――を、あらためて「主務教諭」に割り振っただけでは、学校全体の仕事量は減らない。その業務を担う人を一部に限定すれば、他の教員との業務バランスが崩れる。現場を知らないまま、既存の教員を割り振って「主務教諭」を配置することは、学校現場を破壊することにつながる。

教員数は25%の増員が必要である理由

広い視点で世界と日本の教育制度を比較したとき、「残業代の支給」は不可避の流れである。給特法の改正や主務教諭の新設といった“応急処置”が講じられているのは、それが実現に近づいている証拠でもある。運動の方向性としては、教員数を25%増やすことが必要だ。これは、文科省が「現在の教員数は本来必要な数の80%程度」としていることから、逆算して求めた値である\(100÷80=1.25 \)。

教育再生には「残業代支給」と「業務の適正化」の両立が必要

「残業代の支給」によって教員の過重労働を抑制し、さらに教員の数を増やすことでそもそもの過重労働をなくす。この両輪を回していかなければ、日本の教育は10年もたずに崩壊するだろう。

画一的な教育制度からの脱却を

学校に必要な人員を十分に配置せず、「学習指導要領」という一律の基準を全国の学校教育に画一的に当てはめることは、教員が生徒一人ひとりの実態に応じた教育を考える余地を奪ってしまった。各学校が独自の特色を生かし、地域の実情に応じた多様な教育を実現することこそが、日本の教育を再生する鍵である。

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