すでに2回、公立高校入試の「デジタル併願制」について書いたが、モヤモヤ感が一層募るのはなぜだろう。昨日、近所を散歩して考えた。
- 日本では少子化が加速化している。
- その対策の一つとして、私立高校の授業料無償化がでてきた。
- 子供が減るし、私学へ生徒が流れるのなら、公立高校を受験する人数が減る。
- 受験倍率が下がるので、公立高校には合格しやすくなる。
- 公立志望の人にとっては有利。
しかし、デジタル併願システムを導入すれば、受験生一人当たりで複数の学校へ出願できてしまうので、その出願を1と数えると、出願数が増えるので、合格が難しくなる。特に受験システムが変わる数年については、事前データが無いので、受験生にとっては新しいシステムの導入はマイナスに働く。これでは、今後発生しうる状況に対する対策の目的や効果が一致していない。
もひとつは、この提案しているのが教育関係者ではなく、経済学者、特にゲーム理論、マーケットデザインといった人ばかりだということだ。この人たちが悪いと言っているのではない。議論に加えなければならない人が入っていないのだ。通常どんなシステムを導入するのも、その分野の人を加えてシステム構築をするものだ。学校の成績処理システムを導入する際には、必ず教務部長や関係する教員を加えて、システムが学校運営と支障がないかをチェックしていく。今回の高校入試という、子どもの人生に関わる重要な案件にも関わらず、受験システムという複雑な案件を中高の現場教員、教育産業の人間を入れずに提案をしているのは、あり得ない。教育関係者なら、どんなイレギュラーなことがこの入試の期間に発生するか、システムとしてそれを組み入れることがどれほど困難であるのかがわかるので安易な提案はしない。
例えば、
デジタル併願システムは「合格したけど入学辞退」は原則禁止となる。今もそうだが、さらに厳しくなる。辞退者がでるたびに、アルゴリズム内で玉突き現象が起こるからだ。ゆえに、出願するタイミングで登録した志望校の中で、システムが決定した学校に必ず入学するという確約が前提条件となる。100%親に依存している保育園の決定システムと同じことが自立の道を歩み始めている中学3年生でできるのか。学力テストの上位から順にソートしていくという単一の価値観だけならこのゲームは成立するが、高校三年間をどう過ごすかという生徒目線、親目線にたったときにイレギュラーな事態が発生するが、学校の経営の問題だけではなく、他人の進路選択に関わるので、いかなる理由も許されない。
- 一度志望校を登録したが、親の転勤でその学校には通えないことが分かった。志望校を変更させてほしい。
- 一度志望校を登録したが、志望校登録状況を見て、志望校登録を変更したい。
- 自分は第一志望のB高校には行きたいけど、第二志望のC高校には行きたくない。出願のタイミングで親に無理やり、第二志望のC高校を登録させられた。
- A君と一緒の学校へ行こうと決めたけど、A君は第一志望を落ちて、第二志望になった。自分は第一志望に合格したが、第二志望に行きたい。
また、一度に受験する人数は、日本全国で数十万人となるが、成績管理の面でも課題がある。
- 採点に関わる人数が膨大になるが、情報管理ができるのか。
- ペーパーテストの採点を確実にデータ入力できるのか。どうやって点検するのか。
- 中学校の内申書をどこに送付するのか。法律上の問題がある(学校教育法施行規則:第七十八条 校長は、中学校卒業後、高等学校、高等専門学校その他の学校に進学しようとする生徒のある場合には、調査書その他必要な書類をその生徒の進学しようとする学校の校長に送付しなければならない。)
- 受験生全員の成績データを自治体、あるいは政府が一元的に持つことは許されるのか。成績データにはだれがアクセスする権限を持つのか。
ここまで見えてくると、法律の改正も必要で、国家的なプロジェクトとしてやらないと不可能だ。だから総理大臣が発言したのだ。別の意図があるのではないかという疑義が浮上する。それは、公立高校の統廃合だ。
- 日本では少子化が加速している。
- お金がかかる公立高校の統廃合が必要だ。
- その対策として私立高校授業料無償化により、公立高校への進学者を減少させる。
- 公立高校を偏差値で序列化し、複数併願制により受験動向を流動化させる。
- 全体をコントロールする「学校決定アルゴリズム」により低位の学校から閉校する。
この意図を仮定すれば、あの教育の多様化とかけ離れたお粗末な提案文書も、教育関係者を交えないで経済学者だけで提案していることも腑に落ちる。
事実、大阪府では「3年連続の定員割れで廃校」のルールが推し進められ、10年間で17校が廃校になり、阪南市では公立高校が廃校が決定されている。以下はChat GPTとのやりとり
大阪の私立学校無償化政策と公立高校廃校はどう関係しますか。
Chat GPT
大阪府における私立高校の授業料無償化政策と公立高校の廃校との関係は、教育制度の改革とその影響が密接に関連しています。
私立高校授業料無償化の背景と影響
大阪府では、2010年度から私立高校の授業料無償化が段階的に導入され、2024年度からは所得制限なしの完全無償化が始まりました。この政策により、従来は授業料の負担から私立高校への進学を諦めていた家庭の子どもたちにも、私立高校への進学の道が開かれました。その結果、私立高校への進学者数が増加し、公立高校への進学者数が減少する傾向が見られるようになりました。
公立高校の定員割れと廃校の進行
大阪府では、2012年に制定された「大阪府立学校条例」により、3年連続で定員割れとなった公立高校は、再編整備の対象とされ、廃校や統合の検討が進められています。この「3年ルール」に基づき、2014年度以降、17校の募集停止が決定され、さらに2027年度までに9校の募集停止が計画されています。特に、偏差値が比較的低い高校や地域の最後の公立高校が廃校の対象となるケースが多く、地域社会への影響も懸念されています。
教育の選択肢と地域格差の懸念
私立高校の授業料無償化により、教育の選択肢が広がった一方で、公立高校の廃校が進むことで、特に所得の低い家庭や交通の便が悪い地域に住む生徒にとっては、実質的な選択肢が狭まる可能性があります。私立高校では、授業料以外にも入学金や制服代、修学旅行費などの負担があり、これらの費用が家計に重くのしかかる家庭も少なくありません。また、公立高校の廃校により、地域から高校がなくなることで、通学の負担が増すだけでなく、地域の活力やコミュニティの維持にも影響を及ぼすと指摘されています。
このように、大阪府における私立高校の授業料無償化政策は、教育の機会均等を目指す一方で、公立高校の廃校という副作用を招いており、教育の質や地域社会への影響を含めた総合的な検討が求められています。
大阪の私立無償化→公立縮小という話に理論的な背景をあたえるのはミルトン フリードマンというアメリカの経済学者で、新自由主義の代表格だ。「市場原理による自由な競争が、最も効率的な社会を生む」と主張している。フリードマンは1955年の論文「The Role of Government in Education(教育における政府の役割)」で「教育への公的資金投入はよい。しかし、教育の『供給者』は民間(私立)で競争させるべきだ」と主張している。つまり、お金(教育費補助)は公が出していい、しかし学校運営そのものは私立に任せろ、公立学校による独占は非効率だ、家庭は自由に学校を選べるようにしよう。この主張をもとにアメリカでは、スクールバウチャー制度が作られた。これを真似しているのが大阪市で、「スクールバウチャー制度」という名称まで使っている。まさに、大阪の維新は新自由主義の考え方に立ち、教育を市場原理に基づいてコントロールしようとしているのだ。そして、今や日本教育全体が新自由主義に染まろうとしている。
一方で、高額医療費助成制度を改悪して、がん患者から生きるためのお金を奪おうとしている政府が、他方で私立学校無償化をするという矛盾、意図はここにあったのだと、やっと自分の中で納得がいった。
ここで、日本全体で考えなければならないのは、この新自由主義的な考え方で学校教育の再編をすすめてよいのかということだ。「デジタル併願制で進路選択の幅が広がる」などというまやかしの言葉で誤魔化されてはいけない。この道を進めば、学校そのものが減少し、選択肢がどんどんなくなるのだ。政府・自民党がしようとしている意図を見抜き、そのことの是非の判断がもとめられている。
